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トップページ 病院の紹介 > 当院の歩み・沿革

当院の歩み

S 7.11.24 有限責任平鹿医療購買利用組合設立
S 8. 2. 1 平鹿病院開院(診療開始)
S 8.12. 4 結核病棟増築
S18.12. 1 秋田県農業会に改組
S23. 8.15 秋田県厚生農業協同組合連合会に移管
S24. 9.21 医局編成替え(名古屋大学から東北大学)
S26. 8.23 厚生省より公的医療機関の指定を受ける
S27. 1.12 結核病棟増改築工事竣工
S27. 8.15 准看護学校設立許可
S30. 3.30 総合病院の呼称承認(平鹿総合病院となる)
S35 厚生連病院施設の永久建築化に着手
S37. 2.28 本館増築工事竣工(地下1階、地上4階)
S39. 6.30 救急告示病院指定
S40.11.30 診療棟病棟管理棟竣工(地下1階、地上5階)
S42. 3.31 農村医学研究所及び平鹿総合病院竣工
S43. 3.21 准看護学校廃止、看護専門学校設立許可
S47. 5.31 新館(管理棟並びに病棟)竣工
S57. 3.31 臨床研修病院指定
S60 法人税等非課税団体として承認される
S62. 3.20 診療棟病棟増改築工事竣工(地下2階、地上8階)
S63. 3.29 外国人医師修練指定病院指定
H 7. 3. 3 阪神大震災医療救護班壮行会 4名(3/6〜3/13)
H 7. 7. 1 平鹿訪問看護ステーション開設
H 8.12.25 災害拠点病院指定
H 9. 5.12 エイズ拠点病院指定
H12. 4. 1 平鹿指定居宅介護支援事業所 開設
H12.12. 1 保険医療計画による許可病床数の変更
H14. 2. 1 地域医療連携室 設置
H15. 4.1 へき地医療拠点病院指定
H19. 1.31 がん診療連携拠点病院指定
H19. 3.31 看護専門学校廃止
H19. 4. 1 新病院開院
H19. 4. 1 地域周産期母子医療センター指定
H19. 9 入院基本料7対1看護基準移行
H21. 4 DPC(診断群分類別包括支払制度)対象
H21. 6. 5 病院機能評価Ver.5.0認定
H22.7.21 人間ドック健診施設機能評価認定
H26.6.5 病院機能評価認定更新3rdGVer1.0一般病院2(日本医療機能評価機構)
H26.10.1 7階はな病棟(57床)地域包括ケア病棟へ移行(101看護)
H27.4.1 6階もり病棟(56床)地域包括ケア病棟へ移行(101看護)
 〃 3階はな病棟42床のうち10床をハイケアユニットへ移行(41看護)
 〃 5階はな病棟(53床)を休床(許可病床586床、稼働病床533床)

当院の沿革

 昭和7年11月産業組合法により設立され、翌年の2月1日に開院の運びとなる。戦後、農協法の成立にともなって昭和23年8月、秋田県厚生農業協同組合連合会へ移管され現在に至る。産業(協同)組合を基盤として医療に恵まれなかった農民及び農村(地域)を対象とする医療活動がおこなわれた所から、組合病院の呼び名で一般に親しまれてきた。昭和30年代から40年代にかけ、地域から要望に沿う形で増改築がすすめられ、病床の増加と共に近代化の一時期を形成してきた。この間、農村医学のセンターとして研究所が建設され、又、教育機関として看護専門学校も併設された。


1960年当時(昭和35年)の病院正面玄関
駐車している車は病院車(オースチン)

 

 昭和50年代に入って医師の卒後初期研修の場とする臨床研修病院や、各大学病院との関連施設の指定を受けるに及んで、更に、新たな医療及びサービスの充実を計ることとなり、昭和60年から昭和63年にかけて第T期の増改築工事がすすめられ、ワイン・カラーの外壁をもつ近代的感覚の病院誕生となった。一方、地域にあっては健康管理センター、救急告示病院、へき地中核病院、エイズ拠点病院さらに災害拠点病院など密接な関係が保たれている。


ピンク棟完成時(昭和62年3月20日落成)
 


新病院(平成19年4月1日開院)




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